ないとある

ここには、ないよ

 

セブンイレブン、ないよ

 

ファミマ、ないよ

 

ローソン、ないよ

 

映画館、ないよ

 

古着屋、ないよ

 

ゲームセンター、ないよ

 

カラオケボックス、ないよ

 

百貨店、ないよ

 

ボーリング場、ないよ

 

ビリヤード場、ないよ

 

雀荘、ないよ

 

マクドナルド、ないよ

 

ネットカフェ、ないよ

 

紀伊国屋書店、ないよ

 

ツタヤ、ないよ

 

アニメイト、ないよ

 

まんだらけ、ないよ

 

スターバックス、ないよ

 

ラーメン屋、ないよ

 

吉野家、ないよ

 

ドミノピザ、ないよ

 

手作りパン屋、ないよ

 

ドン・キホーテ、ないよ

 

業務スーパー、ないよ

 

ホームセンター、ないよ

 

ブックオフ、ないよ

 

ゲオ、ないよ

 

電車、ないよ

 

ショッピングモール、ないよ

 

セディア、ないよ

 

喫茶店、ないよ

 

美容院、ないよ

 

1000円カット、ないよ

 

鳥貴族、ないよ

 

ガスト、ないよ

 

ロイヤルホスト、ないよ

 

スシロー、ないよ

 

劇場、ないよ

 

体育館、ないよ

 

プール、ないよ

 

フットサル場、ないよ

 

 ビレバン、ないよ

 

フィットネスクラブ、ないよ

 

ホテル、ないよ

 

美術館、ないよ

 

ヨドバシカメラ、ないよ

 

プラネタリウム、ないよ

 

自転車屋、ないよ

 

レンタカー、ないよ

 

ライブハウス、ないよ

 

クラブハウス、ないよ

 

眼鏡屋、ないよ

 

バイク屋、ないよ

 

時計屋、ないよ

 

メイドカフェ、ないよ

 

ビアガーデン、ないよ

 

公園、ないよ

 

信号、ないよ

 

夕闇空に手をかざして

トンネル抜けて

大気圏超えて

宇宙の海に

地平線広がって

 

なんにもない

ただずーっと

なーんにもない

 なーんにもない

 

錆び付いた小屋

忘れられた廃校舎

誰も居なくなった家

 

 それを眺めてた烏たちと

置き去りにした ひとがいる

意味のあること

昨日は地元の友人と遅くまで電話をした。

 

彼もまた今の仕事に疲弊している。

毎日、夜遅くまで仕事して帰ってネットサーフして寝るだけだと言う。

 

田舎への移住には興味があるようで、僕の北海道での暮らしがどうなのか気にしていた。

 

この頃は、事務所に行って仕事の手伝い、お遣い、雑用をしていることや今後の展開など話した。

 

夏に向けて、ある施設の立ち上げの準備をしているのだが、その施設の管理人候補として動いてることなども話した。

 

今月中旬くらいから、こっちの使われていない土地で、畑を始めるかもしれない。

野菜を育てて、自分で食べるためでもあるけど、施設に来る人たちに振る舞ったり、、もしかすると売店を開いて売ることになるかもしれないのだ。

 

去年、社長が試験的に野菜作りをして、そこで採れた野菜の写真を見せてくれた。

 

トマト、レタス、茄子、ほうれん草、トウモロコシ、ジャガイモ、などなど植えればなんでも育つんだと意気揚々と語っていた。

メロンやブドウなどの果物は実がなるまで何年か掛かるのと、実が成ってもあまり甘くなかったりするそうで、果物栽培は難しいと聞いた。

サクランボもできるそうで、果物栽培に興味をもった。

 

僕は管理人として、施設の内装や、施設に必要な家具、家電の調達と管理、畑の管理、ネットPR、パンフレット作り、地域への告知、売り込み、売店の管理、地域の人たちとの協力関係の構築、施設利用者への応対、それら全般を任せたいと言われている。

 

春から夏、秋口辺りまでは、施設利用者に向けた様々なサービスを展開していくが、夏の間に、どの程度のお客さんが来るかはまったく未定で、それによってどの程度の利益が出るかは、まったく未知数だ。

 

その点で、僕は収入面の不安が残るので、悩んでいる。

もちろん都会で会社勤めしていても、将来的にどうなるかは分からない、確かにそうだけど、まったく0から始める事業展開に、自分の将来を掛けてみるのは、やっぱり躊躇してしまうこともある。

 

もちろん、とても面白そうだとは思うけど、それは自分のやりたい事とはちょっと違うかんじなのも、悩むところだ。

 

だけど・・・、これから展開していく事業で、ちゃんと運営していけるだけの収益を出すことを目標に、自分も新しい経験もできるだろうし、成長もするだろう。

収益を上げると、役場やその他の企業団体の目も変わってくるかもしれない。

 

そうやって、収益を上げて成功していくことで、自分がやりたいこともいつかできるかもしれない。

いや、そのために絶対に成功させなきゃいけないんだ、と思い始めている。

 

ボランティアじゃない、自分の将来がかかってるんだ。

 

隣町辺りでは同じような感じで、コミュニティカフェを開いた団体がある。

そこは去年の立ち上げで、いまも経営は続いているようだが、近いうちに代表者に会って直接話を聞いてみたいと思っている。

 

たしかに地域を盛り上げるために、そういった店舗を構えるのは良いことだけど、継続していくには、地元や北海道のお客さんだけでなく、本土の人を呼び込むための「何か」がないと、いつかは少子高齢化、過疎化で町全体が衰退していくので、そうなると続けていくのは難しくなってくるだろう。

 

さて、そこでどうするか?

単に管理人スタッフとして業務に就くだけじゃいけない、どうにかして町に人を呼び込む方法を考えなきゃいけない。

ある過疎地の話をネットで見たけど、観光推しで町おこしをすると長くは続かなかったそうだ。

それよりも、地元の産物で加工品を作って付加価値を付けたものを、外に向けて売り込んで、持続的な収益を生み出した地域が成功したという。

 

僕もそうした方が良いと思ったし、この町の一部の意識的な人は「町を存続させるには、そういう付加価値を付けた事業展開しかない」と言っていた。

 

ここで何か加工品を製造して、その収益を元手に、シェアハウスやギークハウス、地元の若い人たちが集まるようなフリースペース、都会と変わらない面白い場所を作ってみたいと思っている。

 

単におしゃれで変わったことしてるな、新しいな、田舎にないなっていうのをしたいわけじゃなくて、なぜそこにそれがあって、その空間でどういうことをしているのかっていう意味付けがないといけないと思う。

 

よくあるあまり意味のないモニュメントや、取ってつけたような施設、新しいからやってみよう、で人が集まる時代じゃないと思うからだ。

 

単に目新しいだけで人が集まりそうなものを作っても、すぐに飽きられるだろうし、実際これまで日本がやってきた地方政策の結果と同じになるんじゃないかなって思う。

 

何もない田舎にいきなりワケのわからないテーマパーク作っても続かないでしょっていうかんじ。

なんでそこにそれがあるのかって理由があることをしたい。

理由のないものを作っても、あー田舎のやりそうなことだよねっていうので終わるだろうな。

 

だから、この町に来たら、こういう暮らしができて、他の田舎じゃ得られない特別なことが得られるよね、っていう空間造りがしたい。

 

でもそれって突飛なことをする必要はないと思う。

 

たぶん普通のことをするだけなんだけど、町の人が気付いていない魅力を見つけて、すこし味付けして、都会の感覚に近づけるだけで、それまで気付かなかったけど、実はそれってすごく良いよねっていう感じになるんじゃないかって。

 

だから意味付けというか、理由付けを大事にしたい。

田舎ってダサい、古い、変わらない、貧乏そう、退屈そう、とかいうイメージをひとつひとつ変えていくかんじ。

 

そりゃ都会じゃ経験しなくていい苦労もあるだろうけど、それも楽しんでいけるくらいの日常を作りたい。

 

すくなくとも、都会で疲弊した人がここに来た時に、あーいいな、なんか居心地いいなって思えるような場所にしたい。

 

そうやって人が少しずつ集まって、この町にまた新しい刺激が生まれて、ここで豊かな生活ができたらいいなー。

適当な生き方

今朝から、会社に出向くようになった。

 

簡単な雑用を手伝ったりしつつ、社長がこれから町のためにしたいことなどを聞いた。

 

ひとまず、夏の事業に向けての準備をすることと、自分にやってもらいたいこと、お金のことなどを大まかに聞いたが、同意できる部分もあれば、不安なこともあった。

 

自分は5月中旬までは、この町にいるつもりで、それまでに、ここに残り続けるかどうかを決めたいと話した。

 

やりがいがあることだとは思うけど、それが自分がやりたいことかと言うと、まだよく分からない。

むしろ、ちょっと違う気がする。

ここで、町おこし?的な何かに関わって、自分で事業を興してどんどん頑張るというより。

都会ではできない生き方。

大きいことを言うみたいで引けるけど、日本の新しい生き方の提示、みたいな。

そんなことをここでできないだろうか?って思ってる。

 

むしろ、じゃなきゃ僕にとって、ここに居る意味はあまりないのかもしれない。

だって、この町や、北海道全域でこのまま放置すると確実に衰退していくってのは賢い学者が統計だしてて、もう明らかなんだよね。

政治の力を使わないと、どうにもこうにも解決できそうもないよなーって。

 

それに、過疎ってるのは、ここに住む町民たち自身が、そのまま放置してきた問題なんだし、余所から来た自分が手を出すようなことでない気もするし。

けど、ここにきて最初に思ったのが、都会の人も含めて日本全体がこの町を放置してきたんだってことでもあって。

 

町民たちが、自ら変えていこうってならない限りずっと変わらないし、以前ここに居た地域おこし協力隊も、そういう風に思って結局残らなかったみたいだし。

全国で同じような結果があって、うまく機能してないみたいだね。

ここの町民は、あーそういう人がいたみたいだねってくらいだし、何してるのかよく知らない間にいなくなっちゃった。

とか、あれは国が「田舎のこと考えて政策してるよーっていうポーズだよ」ってシラケてたりだった。

 

んー、それはそうとして、いや、どうなんだろう。

ここに残るってことは、ここの住民になるんだから、町を衰退させないために働きかけるのは当然なのかもしれない。

やらなきゃいけないのかもしれない。

それを期待もされている。

けどそれって、自分のやりたいことと、どうつながるんだろう?

 

たしかに過疎の町で生きていこうとするなら、町を活性化して永続的な生産を続けて、発展していく必要があるけど、それを目指して忙しく生きるって自分には向いてないだろうし、それがイヤだから都会で暮らすことに疑問を感じたんじゃ?

この矛盾は、どうやって解決したらいいんだろう?

 

 

ドロップアウトして自由に生きる生き方を選んだ人がいるけど、あの人は都会に住んでる、都会だから人も来るし、都会にそこそこ近い距離の畑をもって自給自足してるって言ってる。

だけど、都会のおこぼれを預かりながら、ある種、都会に寄生しておきながら経済成長を批判したりしてるのって矛盾してないのかな。

もちろんこの町みたいな田舎だって都会に頼ってるには変わらないけど、それとはちょっと違う気がする。

 

僕は、薪で火をおこして、とか、何がなんでも自然農法で~とか、なんか極端に質素な生活とか、文明を批判するような生き方はしたくないしできない、便利なものはどんどんできてほしいし、どんどん使って楽に生きたい。

 

便利なことからわざと、敢えて離れて、不便なりにも良い生活できるぜ、みたいなのはなんか違う。

 

都会じゃ週3日4日だけ店を開けて、それでも口コミでお客が来るし、その売上でも生きていけるけど、田舎じゃ店を出すと近隣の店のお客さんを食うっていう問題があったり、そもそも人が少ないので生活するだけのお客さんの数と、売上も少ないだろうなっていうのがある。

ここでお店をしてるのは、もう60歳70歳のおばあちゃんで半分ボケ防止だったり趣味でやってる。

そんなかんじで、生活とか将来とか別に頭になくても暮らしていける人たちが店をやってる。

 

それと、1日店を開けてないだけで、近隣住民からの不満が起きたり、都会じゃ考えつかないような変な問題がある。

ここにある店は、それぞれ休みをずらしたり、営業時間をずらしたり、かぶらないような商品だったりサービスだったりしている。

 

それほど住民間の距離が近くて、好き勝手やっては生きていけない、お付き合いというか、ここの程よいバランスが保たれてて、そこに従う必要もあるみたいだ。

まだ分かんないことだらけだけど、そういうのが衰退の根本原因なのかもしれないなー。

 

もちろん大型スーパーや大型ドラッグストアもすこし離れたところにあるけど、車も乗らないようなおじいちゃんおばあちゃんは、歩いて行ける距離の店で生活している。

 

たとえばここに飲食店を立てるとしたら、国道や県道沿いに立てて遠方からの運送屋や、地元の現業の人を相手にするとか、他の店舗の客を奪わないようにする必要もあるかもしれない。

そもそも店舗を構えず、ネット販売なんていうのもありかもしれない。

都会とは全然違うことが多すぎる。 

 

 

 

京大卒の有名ニートの人は、どうだろう?

あの人は、まず京大卒のネームバリューでインパクトがあったし、アフィリエイトSNSなど、ネットを勃興期から活用して、みんなが感じてた生きづらさを代弁してくれたから人気を得たし、あの人の雰囲気が好きで人が集まったり人脈ができたのかもしれない。

もちろんシェアハウスも立ち上げるほどだし、実業家でもある。

その生き方とか、存在そのものとかが注目されて、メディアにとりあげられたり、書籍の出版までやって成功している。

ニートと謳っていたけど(いまは35歳以上だからニートではないと本人が宣言した)最初からニートじゃないし、生きづらいから自分なりに生きやすい方法を模索していくなかで、いまの形になっていったんだと思う、たぶんそのための努力もしているよね。

 

あの人を見てると、大学の学生宿舎の感じを、地で続けてきたって感じがする。

なんか知らない先輩が来て、大量の肉を持ってきたり、友達がパチンコで儲かったから

酒をおごってくれたり、引越しするから古いテレビとかいる?とか、どっかしらからおすそ分けがあって、ゆるいつながりでなんか食っていけないかなー?みたいな。

そんなかんじの暮らしを続けたくて、そのための努力をしてきた結果なんだろうな。

 

あの生活を続けていくのも、アフィリエイトで稼ぐ能力、他人とシェアハウスで暮らす能力、SNSなどの発信力、人脈、それと都会という経済基盤が必要だから、僕とはちょっと違うなー。

周りの一般人からの共感は、「いいなーあんな生活したいなー。だけど自分にはあんな能力ないし無理だよなー」って感じだと思う。

だから妬みに変わる人もいるだろうし、皆がそんな生活したら社会は成り立たないんじゃないの?とか、将来どうするの?とか、単純に普通に働けよっていう意見がある。

 

「もう東京で消耗してないよ」の人はどうだろう?

まだあんまりよく知らないけど、有名ブロガーらしくて、ネットを活用して社会システムに依存しない生き方を実践してるかんじがする。

 

あの人は、まだ誰もあまり知らない新しい情報とか活動や自分の共感することを、取り上げたり関わって自由に生きられるんじゃないか?って提示してるかんじなのかな。

 

それもあまり一般的じゃない特殊能力だよなー。

なんかバリバリ働く人たちと変わらないかんじがして、僕とは距離を感じるし、たぶんほかの人も、そう感じてるんじゃないかなって思う。

うまいこと生きてるな、すごいなーと思うかんじ。

単純にやりたいことをやって、お金も稼いで、うらやましいとも感じる。

けど真似できないよなーって。

 

あと、山村で暮らしてるニートの人、都内で90万で生活してる人、これはどっちも似た感じかなー。

村の小学校の廃校舎で10人くらいでシェアハウスして、山で畑して自給自足して、村人の手伝いのバイトして、金がなくなったら出稼ぎバイトして、お金ないけどいまを楽しんで生きてる。

村を作りたいっていう夢ももってるらしい。

若くしてそういう生き方を選択したのはすごいなー。

 

年収90万円で都内で生活してるひとはどうかな。

「都内でも、仕事をできるだけせずに、質素だけどゆっくり生きる方法あるよ」ってのは真新しいかんじがしたけど、そこまで必死に働くのを拒否するくらいの熱があるなら自分に合った職場と、仕事さえあれば、普通に働けそうだし、そんな生活してまで都内に残る意味ってなんだろう?って思うなー、(本人にとっては生きやすいのかもしれないけど)普通のフリーターと何がちがうのかな?って思う。

 

そうそう、昔読んだ森永卓郎さんの「年収300万円時代を生き抜く経済学」を思い出したなー。

それから数年して200万円、いま調べたら120万円時代を生き抜くなんて本を出しててびっくりした、というか経済対策が微妙だし当然だよねーとも感じたけど。

 

 

僕なら都内なら、深夜のコンビニバイトで6時間勤務で、ノートパソコン持ち込み可とかの、まったり働けそうな店主のいる店を探して、週5~6日くらいで時給1500円で働くのを選ぶかな。

敢えてそれを実践してるフリーターも知ってるし、暮らしぶりを聞くと贅沢はしないけど、紅茶の葉を濾してどうのこうのとか、なんていうか、そういう貧乏くさい生活はしていないし、そこまで質素でもないし、時間があるから趣味にも時間を使ってある種、優雅に過ごしてる。

 

今はいいけど将来どうするの?とは思うけど、そういう生き方はできるよね。

そういう人が、将来をどうにかやっていくには何かしらのコミュニティや仲間がそばにいれば、死にはしないんじゃないかなって思うけど、そんなのなかなかできそうでできないよね。

 

だってみんな貧乏だもの。

実感として国民の9割は貧乏だと思うなー。

ほんと、みんな貧乏だよ、貧困じゃないけど貧乏になった。

 

いや、あるところにはあるんだろうし、お金持ちはいるんだろうけど、そんな一部の話してもね。

一般の人も、一応は生活もできてるし、寄り好みしなければ普通の生活はできてるけど、それって長い間のデフレに慣れてるだけじゃないの?って思ってしまう。

 

少なくとも、20代30代、もしかしたら40代くらいまでの人は、そんなお金もってないと思う。

こういう話になると、必ず○○しない若者、とか言われるけど、みーんなお金ないからしないだけだし、昔なかったスマホのみたいな便利なツールにお金使ってたり、別に車とか贅沢品がなくても他に楽しいことも増えたし、まあいいやって感じなんだろうなー。

 

 けどたぶん、お金が余ったらそれぞれの趣味や、今まで見てこなかったものに対しても目を向けたり、それに時間もお金もかけてみたりするんだろうな。

やっぱりお金ないからしないってだけだと思う。

少しお金あっても将来不安だし貯金しなきゃなーとかね。

 

かなり脱線しちゃったけど、上に並べた人たちの生き方は、世の中から逃亡、脱却、離脱、反逆、創生、そんなかんじで今の社会が、自分に合わなかったり疲れたり、あり方に疑問に感じて、「もーいいよー♪」って選んだ道なんだろうなー。

 

 

ちょうどフィッシュマンズ聴きながら書いててなんか出てきた。

 

 

僕は、どうだろうな?

適当に生きたいなー、テキトーに。

適当に生きていけないかな。

田舎に来て、ここの人に見守られて、ここの人と関わりあって、

この町のためになることをして、助け合って、

そこそこの収入と、そこそこの時間と、都会と同じくらいの楽しいこともあって、

ほどほどのことがあれば、優雅に過ごしていける気がするのにな、

今まで誰もやってこなかった生き方、

したいなー。

豊かさってこういうことだよなーみたいな、

今までより、もっと豊かに、適当な生き方があっていいんじゃないかって。

そう思うんだけどなー、そんな甘くはないよね。

 

どうしたらいいんだろうなー。

 

 

 

 

 

町のこと

町の電気屋の店主に誘われ、店主が経営するバーの手伝いをした。

時給も払うというので、特に断る理由もないので社長に相談して、朝から店主の待つバーに行った。

 

実は前日、僕が会社のソファで社長と話し合いをしているときに、店主が来てそこでちょっと手伝ってほしいということで、店の掃除をした。

 

店主が「どうせ暇だし、掃除はあとでいいし、ちょっと話そう」ということで、カウンターごしに二人で話し合った。

 

町民のこと、7年前にこの町に来て企業したこと、12月からバーを始めたこと、社長のこと、など色々と聞いた。

その気があるならこの店をあげると誘われたりもした。

昼になると、隣のおばさんから「カレーを作るから食べにおいで」と誘われ、そこでホタテカレー、サラダ、山芋の酢漬け、ホタテの味噌汁を食べた。

ひとつひとつ量が多いので食べきるのに苦労した。

 

友人は食べきれないときは断って残すと、話していたが、僕はせっかく出してくれているので残さず食べるのが礼儀だと思う。

 

昼食後、バーに戻って掃除を終わらせ、また話し合いが続いた。

3時半頃、店主の友人が漁業を終えてバーに遊びに来た。

 

漁師を辞めた話、雇われ漁師になった話、漁業組合のこと、など話を聞いた。

漁業の現状を変えたくて組合長に掛け合ったこともあるらしく、どうにかこの地域を活性化させたいとのことだった。

だけど、変わろうとしないと嘆いていた。

バーの店主も商工会の話をしていた。

 

5時過ぎになって社長から電話がきて、会社にもどってきてほしいとのことで、バイト代のお礼を言って店をあとにした。

 

会社につくと、社長が友人の件で愚痴を言ってくるので、「ふんふん」と頷いて話を聞いた。

 

風邪をぶり返したのか、昼の気疲れか、ボーっとしてきたので、社長が別のお客さんの相手をしているときに、一言断ってそそくさと会社を出た。

 

帰宅して、外出中の友人に夕飯の買い出しを頼んで、熱を測るとまた上がっていたので、いったん布団で横になった。

 

しばらくして、友人が帰ってきて、その日はおにぎりと焼きそばとポテトサラダ、肉じゃがを食べた。

 

以前、この町に来ると言っていたKくんに連絡すると、「会社から退社しないでくれ、とお願いされ、断り切れず退社するのが半年伸びた」と聞いた。

給料は年収にして50万プラスになったらしいが、まだ悩んでいる様子だった。

 分からなくもない、都会で仕事を続けていれば、いまの状況は変わらないけど、いまの暮らしはある意味で保障されているし、その会社でも必要とされる。

年収がそこそこあれば、結婚や家庭だって持てるだろう。

 

 

田舎に来るとどうだろう?

人手が足りないので何らかの仕事はあるが、一般的な年収が得られることはないだろう。

ここですぐにできる仕事といえば、繁忙期のバイトや、ちょっとした手伝い事だ。

自分も何度か誘われている。

 

ここでは稼げる職業がきわめて限られているのだ。

稼ごうと思うと法人化した農業や漁業のサラリーマンや、公務員、農協職員などになるのがいい。

それらの仕事は都会ほど拘束時間は長くないだろう。

 

仮に年収が少なくとも、食料は隣近所から貰えるし、食いっぱぐれるようなことは絶対ないと思う。

それに、なにかあればどこからか噂を聞いて、町民たちが助けてくれる、そんな風土があるのだ。

冬の暖房の燃料代などは1~2万円だと聞くけど、食費が掛からないので、そんなに心配はないだろう。

 

ここはまったりと暮らしたい人には打ってつけだと思う。

ただ、町が衰退しているのは明らかなので、将来的、永続的な収入を考えると、ここに滞在してみて、自分たちで何かしら興していく必要があると思う。

 

お世話になっている社長には話していないが、もし僕がここでずっと暮らそうと決めたら、やりたいなと思っていることをいつか話そうと思う。

田舎暮らしとは…

明朝、昨晩早くに就寝したので目が覚めたら5時半だった。

 

まだ友人は寝ていた。

 

いつも通り、ふとんの中でごろごろとしながら、スマホでニュースを読む。

 

ふとんの中は暑いが、顔だけは以上に冷たくなっていた。

 

微熱が続いて体がダルイ…。

 

天気が良かったので気晴らしに近所をぶらついた。

ここは郵便局、スーパー、食堂、飲み屋、スナックがある。

 10分ほど歩くとコンビニと公民館もあるようだ。

 

 

この部屋で共同で使う家電製品は、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ(トースター)があるが、それぞれ新しい物を発注しているらしく、近々届くとのことだ。

 移住体験者用に内装もリフォームするらしい、僕は他の移住体験者が来るまでここを自由に使える。

 

 

10時半過ぎになって、近くのスーパーで買い出しをした。

スーパーではおばちゃんがレジ打ちをしていた。

客はおっちゃんとおばちゃんというかほとんどが老人で、そもそも若者がいないので僕が来店しただけで噂になるようで、ときどき顔をジロジロ見られている気がした。

 

朝、散歩したときもおばちゃんとすれ違ったが、その時も軽く会釈はしたが、物珍しそうな目でこっちを見ていた。

 

玄関先でタバコを吸っていても、通りすがりに向こうから会釈してくる。

 

その日は、買い物したあとはずっと部屋に居た。

昼になって友人が昼休みで家に帰ってきた。

いつも昼は家に帰って昼食を取るようで、社長もそうしているらしい。

 

僕はだらだらネットサーフしてなんとなく始めたブログを更新して、気付いたら夕方になっていた。

 

夕飯は、友人が近所のおばちゃんに貰ったジャガイモが大量にある、と聞いていたので、コロッケを作ろうと思ってひき肉を昼に買っていたけど、結局、夕方になって友人が帰ってきたときに、また惣菜なり豚肉なりを貰って帰ってきたので、コロッケはまた今度にすることにした。

 

結局その日食べたのは、とうみょうととろろ昆布の味噌汁、切干大根、魚介とちくわのポテトサラダ、豚肉ととうみょう炒め、大量のいくら丼だった。

とろろ昆布と言ったけどワカメみたいな海藻で、煮るととろろ昆布みたいになる謎の海藻だ。

好きな人は好きだと思う。

 

食器洗いを済ませ、友人と少し話したあとネットサーフして眠くなって寝た。

「移住、田舎暮らし、仕事、北海道、過疎、シェアハウス」などググってると全国各地の体験談や現在進行形で田舎暮らしをしている人の情報を得れるが、過疎地域で田舎暮らしをするより、都市部近郊で田舎暮らしをする方が、将来的な安心感がぜんぜん違うだなと思った。

 

いま僕が居る地域は、限界集落だ。

観光PRできるものも、ほとんど無いような過疎地だ。

町の求人も少ない、給料も少ない、ほぼ非正規募集で、とてもここに残る気にはなれないのが、正直な今の印象だ。

 

夕張市財政破綻の実例を調べていたが、観光PRで外から客を呼ぶよりも、地域で取れる海産物や野菜などを加工して、外へ向けて販売できる方が、収益と持続性があるだろうことが分かった。

 

ただ、それをしたいかどうかは別だ。

僕は、ギークハウス、シェアハウス、airbnb、など興味があるが、それらは都市部近郊型が多く、利用者は「気軽に田舎から東京に来て、なるべく安く過ごしたい」と、そういう場に集まっている。

その方が成功しているようだし、ここのような過疎地で、人口減少高齢化の真っ最中の限界集落で、それらに興味があるような若者を呼び込もうとしても、困難極まりないだろうなと思う。

 

ギークハウス夕張の活動記録を覗いても、正直言って成功してるようには思えない。

投資家?の人が運営してるのかね。

まだ金に余裕があるからやってるのかもしれない。

あと夕張は毎年、町をあげて映画祭をやっているのを知った。

著名人なり若者なりが夕張を知るきっかけになるのか、なんの為にやってるのかは分からない。

 

 

 

北海道の市町村全域で人口減少、高齢化が進んでいるのは、炭鉱などの旧来産業の衰退から、移行した新しい産業を築けなかったかららしい。

主要都市部で若干の人口増が見られる地域でも、他が酷すぎるから~と逃げてきたのが主だろう。

 

はっきり言って、貧乏が原因だ。

仕事も若者がやりたいと思うものが無い、給料も低い、遊ぶところもない、ないない尽くしで、冬の住み心地も最悪じゃないか。

毎朝毎朝雪かき雪かき、近所の目を気にして自由になりづらい、そりゃ若い子は逃げたくもなるわけだ。人は温かいけどある種の監視社会。

 

この町にも若者はいるようだが、ほとんどは家でネットかゲームくらいしか遊ぶものはないし、どうせ衰退する町に思い入れも湧きづらいだろう。

いや、中には町の存続のために!と思う人もいるかもしれないが、ほぼないだろう。

それなら都市部に出てくるって普通。

 

 

国は地方創生とか謳っているみたいだけど、東京一極集中の構造を変えたいなら、全国に金をばら撒いて無駄なことしまくるしかないと思う。

無駄なことってのは、金にならないこと、儲けにならないこと。

それをするのが自治体の仕事だからねえ、それを国の財政難だー、無駄だ無駄だと叩きつづけた結果がこれだよね。

 

それで過疎地がー限界集落がー少子高齢化がーなんて言い出しても…ねえ。

 

社会保障費やら財政負担の効率化だけ、を考えるなら、限界集落の田舎民は、それぞれ一番近場の都市部かその近郊に移住して、社会生活圏をコンパクト化するのが最善だろうな。

 

わざわざ衰退するのがほぼ確定の田舎のために、それを存続させるのにパワーを使うのは無駄と言えるでしょ。

 

普通に考えて、だれがこんな田舎に移住しに来るのさ。

田舎暮らしなら、ここでなくても地方の都市部郊外でできるからねえ。

だったらここでしか得られない様なものが何かあればって?

それがここに来る動機になるかって?

それが無いから、というかあるものより、足りないものの比率が圧倒的に勝ってるから皆ここに残らないし、移住しに来ないんだよね。

 

じゃあどうするかって、諦めるしかないね、ふつうは。

 

これまでやってきた生活水準を改めて、新しい生活水準を決める。

豊かな暮らしとは何かってことを改める。

その中で維持存続するのが良いと思う。

 

「うちで採れたものは他で食えないくっそ美味いものだけど、うちだけで消費するし、余ってもお前にはやんねーから!」くらいでいいんじゃないか?

  もしどうしても欲しいなら、プレミアム価格で販売してやるかもな?って。

 

けどそんな高値で買うくらいなら、こっちに住んだ方が得だぞ、安い給料だけど、安い家と安い食費で新鮮な食品が手に入るし、毎日美味い飯が食える。

都会のような働き方はしないし、精神衛生上、健康にはなるだろうな。

 

 

こっちに来たら仕事はないけど、田舎独特のゆるいつながりでなんとか生きていける、かも?

 

仕事はないと言っても食いぶちくらいなんとかなる仕事はある、そもそも都会とそこを比較するのが間違ってるんじゃないかって。

 

だから地方都市近郊のファッション田舎暮らししたい人は、無理。

 

ガチ過疎限界集落で地元民とゆるいつながりでやっていきたいなら、受け入れはたぶんしてくれる。

都会で阻害されてきたようなダメ人間も、ここなら許容できるだけの人の温かさはあると思う。

というか過干渉すぎて怖くなるくらいだろうな、僕もそこまではまだ分からないけど。

 

その代わりここに浸かったら最後、天国と地獄のド田舎生活だ。

しんどいしんどい

明けて日曜

風邪ぎみで体調優れずだったが、友人と車で周辺散策と買い出しに出た。

 

とある温泉施設で1000円のランチバイキングがあったので入ってみた。

 

並べてあった料理は、から揚げ、炒め物、カレー、焼きそば(北海道は塩焼きそばが普通らしい)、椀子そば、てんぷら、春雨、果物類、ケーキ類とまあ普通

 

味も普通、北海道に来たのに、北海道らしいものはまだ何も口にしていない

唯一らしいものと言えば、前の日の昼に食堂で食べた味噌ラーメンくらいだ。

 

味噌ラーメンに乗っかっていたトロトロのチャーシューは厚さ3cmくらいのが3枚で、食べ応えがあった。

 

「いつもより麺の量も多くてサービスしてくれたのかも?カレーもいつもより量が多い」と友人が言っていた。

 

田舎だと顔見知りになるだけで、こういうサービスがあるらしい。

近所の住民が、野菜やら肉やら魚を家に持ってくるので、食費はほぼタダだと言っていた。

 

いま空家の冷蔵庫には牛肉、じゃがいも、魚が大量にある。

 

 

 

 

朝兼昼飯をバイキングで済ましたあと、僕の部屋で使うカーテンやら空家生活に必要そうなものを買った。

 

僕個人としては、今後ここに長居するかどうかは今の段階ではまったく未定だが、移住者を募って町を盛り上げたいと考えている社長の意向で、空家で必要そうなものは今後買い揃えていいとのことだった。

 

なので、カーテン以外に必要なものも社長に確認して買いそろえるつもりだ。

 

前の晩、社長宅で飲んだときに、とにかくカビ臭い畳をどうにかしたいと伝えたら、張り替えると言ってくれた。

徐々に住み心地をよくしたい。

 

 

友人は、来月から役場で働くことが決まっており、住居も新しく別のアパートを個人で借りることになっている。

 

空家のネット環境はどうなっているかと言うと、友人個人のモバイルルータを使っている。

友人が新居に移ってからしばらくは、そのままモバイルルータを使わせてもらい、会社持ちで新しく別のネット回線契約が済み次第、そちらに切り替えることになるようだ。

 

僕は、特段趣味と言える趣味もないので、ネットさえあればこんなくそ田舎でも暇つぶしができるし、必要なものもネットから買えるので、その点は都会暮らしと変わらないなと思っている。

 

むしろ、ネットが無いとなると、ここじゃくそ暇で死んでしまうだろう。

 

都会にいた頃も、休日は仕事で疲れて外に出ずに、一日中ネット、マンガ、動画(映画)、ゲーム、で過ごしていたような人間なので、ネットがあるかないかが超絶重要だ。

 

 

そんなこんなで夕方、家に戻って熱を測るとまたひどくなっていたので、玉子うどんを作って食べて、午後9時、早めに就寝した。

 

友人は、ボカロの曲をかけながらパソコンで仕事の続きをしていた。

 

翌日は、社長に会って話をする予定だったが、風邪をひいてしまったので延期してもらうことにした。

北の、外れの、ド田舎の、

僕は、とある空家の空き室で寝泊まりすることになった。

 

友人も同じ空家の別の部屋で寝泊まりしている。

40年も50年も昔に建てられたであろう、空家の玄関のガラス戸は、木が雪や湿気や温度変化なんかで完全に変形しており、手で横にスライドするとガタガタとうるさく音を立てて、その長い長い時間経過を物語っていた。

 

2重になった硝子戸を入ると古臭いドアがあり、その先が玄関だった。

玄関から床は若干高くなっており、これまた古くなった下駄箱があった。

 

この時点で、「こんな朽ち果てた所に来てしまったのか…」と着いて早々だったが、内心、帰りたい欲が出てきていた。

 

玄関から横の部屋のドアを入るとリビングになっており、リビングからは玄関ドアを除いて、風呂場と勝手口へのドアがひとつ、和室の空き部屋が3つあり、ドアが2つと襖が1つになっていた。

 

幸いリビングの床はフローリングが新しくなっており、130cmくらいのでかい排気管の付いた灯油ストーブと、事務用の長机の上には、友人がPCとして使っている40インチのテレビモニターがドーンと置かれており、キャスター付きの椅子とキーボード用のミニ机があった。

 

2口コンロのキッチンの方には冷蔵庫、電子レンジ、事務用の長机が置かれている。

壁は白色に新しく張り替えたようだ。

 

ドアを開け、和室の部屋に入ると

(モワッ)とカビくさい臭いと湿気を感じた。

 

友人の寝ている部屋以外は畳を張り替えておらず、他の2部屋はひどい壁も傷つき、天井も水漏れのような跡、押し入れのふすまも家が歪んで開閉しにくい状況だった。

 

僕は、比較的マシな方の部屋を使うことにした。

部屋にはそれぞれ毛布とふとんが敷かれていたが、とにかく畳の湿気とカビの臭いが酷く、その晩寝るときに嗚咽がするほどだった。

 

 

友人はこの北の外れのド田舎で働いている。

小さな会社だ。

何をしている会社だとかは言えないが、

僕がこんなド田舎に来たのは、この会社の社長が寝泊まりの場所やらを無料で確保してくれる話だと聞いて来たのだ。

 

とりあえず、世話になるので、6缶ビールを片手に夕方5時過ぎに友人と社長宅に向かった。

 

予定では簡単に顔だけ出して挨拶してから、すぐにスーパーに買い出しするつもりだったが、社長に招かれ家にお邪魔することになった。

 

中に入ると社長は知り合いのタイ人とスカイプ中で、英語で僕が来たことを話して通話を切った。

 

 

「おうおうよく来たよく来た」ってなノリでなんだかんだ話をしていると、「まあまあビールでも」と僕の買ってきたビールを注ぐので、普段飲まない酒を飲むことになった。

 

友人は社長の指示で、ジンギスカン用の肉を買ってくるようおつかいを頼まれ、そんな流れで結局、人生初のジンギスカンを最近買ったという煙の出ない専用コンロで焼いて、なんだか知らないがジンギスカン屋で買ってきたらしい特製の味噌だれ(ビニール袋に入ってた)をつけて食べた。

 

ラム肉は思ってたより臭くなかったが、肉はオージー産だと聞いてなんだかがなーと思った。

 

僕は初体験のものを大事にする性格だから、初めてのものは「ええやつ」を食べたかったのだ。

 

当たり前だが、初体験ってのは1度しか味わえないからね。

 

そんなこんなで夜10時頃まで飲んでたら帰るころには辺りは真っ暗で、車のフロントガラスが寒さで凍っていた。

もちろん友人は運転があるので飲んでいないが、フロントガラスが凍ったのを見たのは初めてだと言っていた。

 

帰宅後、やけに頭がボーっとしてきたので熱を測ると38.2℃で、喉もいがらっぽくなって、風邪をひいてしまっていた。

 

友人と深夜まで話したあと、疲れていたのと酒の酔いで、カビ臭いふとんでも吐き気を我慢してなんとか寝ることができた。

 

いったいこの田舎でどんな生活がはじまるのか、僕はこんなところで何をしてるんだろう…などと想いながらの夜だった。